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俺達は村の隅にある煉瓦造りの家を尋ねた。
「ガルグ、入るぜ?」
俺は律義にノックをしてからドアを開けた。ロードがどんな表情してるかちょっと気になったけど、まあ何も考えてないだろう。
部屋の中は鉄を焼く臭いが充満していた。慣れない俺にはまだ少しきついな。一方のロードは壁に飾ってある剣やら独特の鋼の臭いやらに、故郷に帰って来た旅人みたいな表情を浮かべている。
「よぉアルツ。ん、なんでぇロードもいやがんのか」
奥から低いだみ声が聞こえてきた。暗がりから出てきたのはロードとまではいかないが背の高いじいさんだ。真っ白で立派な顎髭を蓄えているものの、ぴっと延びた背筋のせいで若々しく見える。
「いいだろ?それより見せてくれよ、打ち直した剣」
「馬鹿、おめぇのじゃねぇんだぞ」
ガルグは暖炉の上に置いてあった剣を俺に渡した。頑丈な皮の鞘に包まれている。
「ほれ、抜いてみろ」
ガルグに顎で示されて、俺はゆっくり剣を抜いた。うわっ、くすんでいた刃が嘘みたいだ。窓から差し込んだ夕日に、剣はぞくぞくするような光を見せた。
変な話なんだ。実はこの剣の鋼は、ティリエがメヤリに売ったやつだ。その鋼をメヤリがガルグに売って、俺の剣の新しい刃になって戻って来た。ちなみに剣は狩りを手伝ったお礼だとかで、ティリエが俺にくれたんだ。
「こいつは凄いな。いいのか?こんなの俺が貰って」
「おーおー持ってけ。この間、釜の掃除を手伝った駄賃だ。それにもともとその鋼はおめぇのだってんだろ?いい粘りだ。ここいらの鋼じゃ出せねぇ、いい剣になったぜ」
ガルグの説明はほとんど耳に入っていなかった。あんなおんぼろの剣が、職人の手一つでこんなにも生き返るなんて。でもそれに見入るには、後ろから注がれる食い入るような視線が余りに邪魔だ。俺は剣をしまった。うん、今夜部屋で一人でゆっくり見よう。
「ロード、おめぇのもここらの剣じゃねぇだろうが」
「まあな。でもやっぱり珍しいものは気になるだろ。…で、どうするんだ?」
ガルグの言葉を流しつつ、ロードは俺を見た。
「何が?」
「名前だよ名前。お前の恋人の名前」
あ、そうか。ガルグもそういえば、と俺を見る。よし、あえて主張しておこう。こいつは相棒にはなるだろうが、恋人にはならないぞ。
「強そうなのがいいよな。そうだな…そのまま『強い』で『グノロトス』はどうだ?」
「おめぇ、それじゃあまりに捻りがなさすぎるだろ。『職人の一振り』で『エノ・ラノイシェホルプ』なんてどうでぃ」
「それは長すぎるだろ。そんなのアルツが覚えられると思うか?」
「おい、どういう意味だよ」
「ははは、違いねぇ。自分のことも忘れちまってるわけだしな」
「まだクリアーな俺の頭はもともと容量の少ないロードより遥かに飲み込みは早いぜ」
おおっと待てよロード、暴力反対、お前が言い出したんだろっ!
「…で、私に助けを求めるわけね」
机に肘をついてティリエが言う。明かりは机の上の小さなランプだけで、夕暮れを過ぎた部屋の中は随分暗いけど、話し相手の顔を見るには充分かな。
「なんか借りを作るみたいな言い方だな…」
「別にそんなつもりはないけど。あなたの剣なんだから、あなたがつけるべきじゃないかと思っただけよ」
「俺はイラニドロの古い言葉なんてわからないんだ。付けてくれよ、覚えやすいの」
勢いであんなこと言ったけど、俺は覚えやすい、使いやすい、動きやすいのティリエの実用性思考には全面的に賛成してるんだ。
暫く黙っていたティリエは、ふと顔を上げた。
「そうね…『シゼ』はどう?」
「意味は?」
「『双葉』、転じて『二度生まれる』」
言った側から、駄目か、とティリエが再び頬杖をつく。
なるほど、双葉か。
「つまり生まれ代わるってことか?」
「そんな感じね」
「よし、それにする」
俺の返事に、ティリエは拍子抜けといった顔をした。
「随分簡単に決めるのね。貴方の相棒になるのに」
「相棒だからこそ、覚えやすいのがいいんだよ。生まれ変わった剣、いいだろ。シゼに決定だ」
俺は名付けられたシゼを机の上に置いた。ティリエが手をのばし、静かに抜く。シゼはランプの光を受けて、キラキラと輝いていた。
「綺麗。いい剣ね」
「ああ、ガルグは天才だよ」
「彼には武器の声が聞こえるんですって。でもこれなら、少しわかる気がする」
ティリエはシゼの刃をそっと撫でた。まるで愛おしい妹か誰かを可愛がるみたいだ。へぇ、こんな顔もするんだな。
「ロードみたいなこと言うんだな」
「ちょっと、馬鹿にしてるの?」
全く同情するぜ、ロード。